JeS[ʈꗗ: 海外でのビジネス経験をこう活かす

アメリカで事業をする上で、どう人脈を広げるか?

 アメリカ…北米でビジネスをやる場合、親日派(日本が好きな人)の方々と出会い、彼らと関係構築をしていくことが重要です。

では、どのようにして、日本好きな人に出会えるのだろうか?アメリカでビジネスをやられいる色んな方からも話を伺ってみて、こんな出会い方があるのだと参考になりましたので記事にしてみます。

1,日系団体の会員になり、活動する。

 全米各地には日本人会、日米協会などの日本人同士の会や、日本文化をアメリカに紹介する団体がある。それらの会には、必ず日本びいきのアメリカ人がいるものである。私自身、それら団体の会合、イベントなどで多くの親日家に出会い。ビジネス上のサポートを受けた。なかなか、営業電話では話してくれない偉い方にも、イベントでのボランティアなどを通じて、親交が生まれたりもした。暮らす町に、日本人や日本団体があれば探してみるとよいであろう。

2,日系スーパー、寿司屋などに行く。

 こういう場は、日本人同士でのたまり場でもあるが意外と日本好きのアメリカ人、例えば日本人女性と結婚しているアメリカ人などにも出会える。寿司屋の料理人やマネージャーと親しくなると、いろいろな情報も来るものである。日系スーパーの掲示板にも色々な情報がでており、常時チェックする必要がある。

3,アニメ、日本文化を愛好する。

 アメリカ人で日本に興味を持つ方は、アニメを通じて…という方がとても多い。アニメ関係のイベントに行くと必ず日本が好きな人に出会える。アニメでなくても例えば、茶道、日本映画、生花、囲碁、盆栽、野球などの日本で人気がある趣味があれば、そのイベントで日本好きな人に出会えるであろう。

4,アジア系の団体のメンバーになる。

 アメリカは人種的に多様な国で、アジア系も多い。韓国、中国、ベトナム社会はアメリカの大きな町には存在する。台湾、ベトナム、フィリピン系は日本に強い親近感を抱いており、韓国、中国のような反日感情のある国出身者もアメリカでは同じアジア系ということもあリ、日本人に親しみをもつ。そのような団体の会員になると、アメリカでのビジネスを助けてくれる人に出会えるものである。これは、アメリカにおけるアジア友好でもある。

5,日本語を教える。
 アメリカ人にも日本語を勉強したい人がいる。彼らにボランテイァでも日本語を教えてみてはいかがだろうか?全米各地には日本語勉強会もあり、そういうイベントに顔をだすとよいであろう。

6,ソーシャルメディアを活用する。

 今は、ソーシャルメディアの時代である。フェースブック、ツィツターなどで日本好きのグループ、個人を見つけ友達になり、常時コミュニケーションする。フェースブックなどは’暇つぶしにいいのだが、新しい顧客を見つける場所にもなるのである。

 アメリカ進出企業は殆どがアメリカ人が顧客とは言え、アメリカでは、狭い日本人社会で助け合っていくことが大事である。そして、親日派アメリカ人らと出会えば、必ず良いことがあるであろう。

なによりも、日本文化再発見でもあり、アメリカ人日本文化を教えうることは日米友好にもつながる。私自身、アメリカに来てから、上記のことを実践しているが、大変役立ち、顧客開拓になった。

顧客拡大にならなくても、良い人材に出会い、採用の可能性もあり、顧客の紹介など多くの利点があるであろう。

アメリカで事業を展開、現地採用のミスマッチを防ごう

 本記事ではこれまでとは少し趣向を変え、「雇用と人材」という観点から日本とアメリカとでの価値観や体制の違い、ギャップなどについてお話したいと思います。

 アメリカの人材紹介会社に勤めていた方からのお話です。当然あるであろうそのギャップがより具体的に見えてきます。

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 アメリカで人を採用し、その人材を1人前にするのは、並大抵のことではありません。私は以前、アメリカで人材紹介会社に勤務しておりましたが、日系企業に向いている人材とはどんな人物像なのだろう・・と常日頃考え悩んできたものです。一体、どのような人材が日系企業にむいているのか?また、日本企業がアメリカ人に求めるものは何であろうか?これらのマッチングなくして、私のビジネスもそうでしたし、しいてはお客様の雇用とビジネスの成功もあり得ません。私がアメリカで得た経験を元に、日系企業と現地アメリカ人とのギャップや求めることの違いなどについてお話をしてみたいと思います。

 まず、日系企業にとってどんな人物像を現地採用すると良いのか。


1)日本語がわかる 
まず大前提の事項ですが、大抵のアメリカ人は日本語が話せず、特に日本企業には興味を持ちません。しかし、日本語が話せる、勉強している外国人の方ですと日本企業に興味を持つ方も多いです。アメリカには日本文化を好む方も多く、その興味から自ら日本語や文化について学ぶ方もいます。そういった能動的に日本に対し興味を持つ方々はおのずと日系企業にマッチします。ただし、これは基本中の基本であり、このベースがあった上での仕事の能力やポテンシャルは判断する必要があります。

2)日本人と結婚している、日本に暮らしたことがある。
何らかの形で日本と関わりのある人材は日系企業に向いている可能性があります。日本的な細かい作業、時間に厳しい文化、個人より集団を重んじる文化を理解しやすいためです。


3)日本企業経験者 
以前似たような会社、A商社からB商社への転職などは業務が同じであればうまくいく可能性が高いです。

 やはり、以前何らかの形で日本に関わる、日本が好き、日本人を尊敬しているタイプは日本企業にとってもマッチしやすく、双方働き易くまた本人のポテンシャルも発揮してもらいやすくなります。

 

次に、日系企業がアメリカ人に求める、理想の人物像はどのような条件か?またこれら日本特有の理想と実際のギャップは?

1) 長く勤務できる
一般的にアメリカ人は2−4年で転職します。また、レイオフなどで、仕事をやめざるおえない人も多いです。就寝雇用の伝統が今でもある日本、特に大企業の駐在員は愛社心がつよく、数年ごとに会社を変えるアメリカ人を理解できない企業もまだまだ多いです。しかし、アメリカと日本では文化が違う。日本企業もアメリカの労働市場を理解すべきであると感じます。


2)愛社精神 
日本企業は給与はそれほど高くないです。しかし、保険などの福利厚生、ベネフィトは充実していて良い事が多いです。長く勤めればベネフィトも良くなる。お金より、愛社精神を持って長く勤務してくれればいいと考える企業も多いのではないでしょうか。しかし、アメリカ人は基本的には会社を信じません。いつ、解雇されるかわからないというシビアな環境に慣れているためです。そのため、会社に対する忠誠心は強くなく、より良いオファーが’あれば、他社へいってしまいます。なので日本的な愛社心を求めるのは難しいというものです。

 また雇用される側の

アメリカ人からよく聞く日本企業に対する疑問は以下のようなものがある。


1,保険などはいいが、給与が安い。やはり、お金は大事である。

2,細かいことまで、管理される。いわゆる、マイクロマネージメントはアメリカでは受け入れ難い。

3,なぜか、出張、会議が多い。1時間のミーティングのためなぜ出張するのか?

などといった意見をよく聞く。



 日米文化は違う。アメリカでビジネスをする以上、アメリカ人の特性や価値観をよく理解した上での雇用体制や仕組み作り、またコミュニケーションを図る必要がある。日本固有のやり方を継続しようとすると双方噛み合わなくなり失敗に終わるケースを多々みてきました。アメリカでビジネスを展開される場合、ぜひこういった文化の違いを理解できる人材またはパートナーの意見を聞いて雇用体制を整えて下さい。日本でもアメリカでも人材が第一であることには代わりはありません。

ネットカフェを海外進出させようとするも失敗、その敗因は?

 某日本のソフトウェア会社に勤めて、日本のネットカフェの仕組みを海外進出させるプロジェクトを任されたという方からお話を伺いました。
この方は、このネットカフェの海外進出を結果実現させることが出来なかったそうで、その時の経緯を踏まえて反省点などを教えて下さいました。

お話を伺ってみて、これはどのサービスにおいても共通して起こりうる壁であったのではないかと感じます。これから海外進出を目論む方も参考になるかと思いますので、ぜひご覧になってみて下さい。

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 ソフトウェア企業に勤めていた時、ネットカフェなどのPOSシステムを海外進出させることになり、その時の経験をお話させていただきます。

 そもそも海外には日本企業のようないわゆるネットカフェはなく、実態として「カフェにパソコンが備え付けられている」「個室はなくオープン席が主流」など、常にオープンな状態で使用する形態のネットカフェが基本となります。POSシステムの販売とともに、日本固有のネットカフェのノウハウを売り込めば、日本のネットカフェ企業との協賛や、業務連携を通じ日本のネットカフェ企業と相互利益を見込めるとも考えておりました。この時の私は、「一石二鳥だ!システムとノウハウを売れば、お金になる!」とばかり考えていました。

 販売先の第一歩として、「フィリピン」に目をつけました。フィリピンには、ネットカフェのような店舗はありますが、日本のように成功し庶民の生活に根づいているような状態ではありませんでした。当初は現地の投資家や、企業からは「国全体としてインフラが揃っていない」ので「ネット犯罪の温床ともなりうる」といった、犯罪を助長させると言わんばかりの、ネガティブな意見が多かったです。インフラが整っていないということは、犯罪が発生した際に、取り締まる手段が少ないということのようでした。しかし、投資家曰く面白い話だから、話だけでも聞きたいということでしたので、販売価格やメリット、デメリットを交えながら、プレゼンや説得を重ねました。日本の過疎地での月間売上げの程度の説明や、その売り上げから考えられる、フィリピンでの月間の売り上げについてなど。また、施設の確保といっても、小規模であることなどを挙げました。

 日本でも立地などの条件によって左右されながらも、少なくとも目標数値の80%を超している店舗ばかりでした。その地域での浸透率や、利用者の年齢層、利用者のニーズなどが合致している店舗であれば、目標額の120%は最低でも叩き出せる見込みを考えており私としても結果には自信がありました。
オプションとしてアニメ動画サイトの設立も提案しました。その運営を第三の企業に持たせ、業務連携することで、少しでも国全体として企業の売り上げ貢献が可能であると説明しました。フィリピン国内での企業同士の相互利益にもなるし、日本企業の我々にとっても相互利益になると考えていました。

 ですが、結果、資産家は頭を縦には振りませんでした。
初期投資の費用に金がかかりすぎることと、販売実績の見込みが著しく、人材育成が難しいために、運営が回らない、リスクの高いことだと言います。それならばと人件費の削減を提案しました。しかし、最低賃金を割り込む可能性があり、雇用がままならないとのことでした。

 話が平行線で煮詰まったため、一旦出直しで距離を置きましたが、それ以来営業せず、海外進出についても色々と見直しとなりました。振り返って考えてみると、人材育成が難しいことと、販売実績の見込みはイコールにならないことでしたし、日本から教育担当者を派遣することも可能でしたが、そういった細かい部分を、最初の営業で説明出来なかったことが敗因だったと思います。最初からノウハウを販売する部分について、ネットカフェ企業と連携しておけば、もう少し善戦出来たと思いました。やはり海外で日本の特徴的な文化を売り込むには、地道な理解を得ること以外にないと感じます。投資家に日本に来てもらい、体験してもらうことで、より説得力を伝えたり、もっともっと細かい落とし込みをして相互理解を深めていくなどもっと出来たことがあったはずだと今でも反省しています。
今後はこの体験談をもとに、問題解決力やマネジメントスキルを培い、もう少しマシな営業が出来るようになりたいと強く思いました。

海外で保育園を開業、その経験を通じて

 カナダで日本語保育園を開業された方から貴重なお話を伺えました。この方は保育の資格を取りに学校へ通いながら開業準備を進められたそうなのですが、学校での課題…例えば契約関連など、がそのまま開業に活かせるようなものであったことから立ち上げ時の準備の重要性などを強調されておりました。とても参考になります。

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 私は日本で教員養成系の大学を卒業し、2年間、教職に就きました。カナダで結婚、出産、子育てを経て、何か教員の資格と経験を活かせる仕事をしたいと考え、自宅で日本語保育園を開業しました。

カナダでは共働きの親が子供を預ける際、選択肢がいくつかあります。
一つ目はデイケアセンターで、これは日本の保育園と同じです。ただ、デイケアセンターは空きがないところも多く、また子供の数が多いので、子供が病気をもらってきやすいといったデメリットもあります。
二つ目は、ベビーシッターやナニーを雇って、自宅に来てもらう方法です。契約によっては、簡単な家事やペットの世話をお願いすることもできます。その家庭の都合に応じて、住み込みのナニーを雇うこともあります。
三つ目が、私が開業したようなファミリー・デイケアというもので、個人宅で開業している保育園に子供を預けるというものです。

 日本で言う保育ママさんに似たようなシステムですが、保育ママさんと異なる点は、運営が行政ではなく、自営業として運営している点です。ファミリー・デイケアの利点は、少人数で目が行き届くこと、アットホームな雰囲気で、子供が安心して遊べること、デイケアセンターは空きがなくて入園を断られたけれど、近所のファミリー・デイケアには空きがあったというケースもあります。

 日本語保育園を開業するにあたり、夜間のコースに通って資格を取りました。子どもの発育、発達についてや、自宅の一部とビジネス目的で使用することになりますので、税金の控除、加入すべき保険などについて学びました。この夜間コースは大変よくできていて、毎回提出する宿題が、ビジネスを始めた時に、そのまま保護者へお渡しする書類(契約書、申込書など)として使うことができました。移民の生徒もたくさん受講していて、英語もわかりやすい英語で、はじめは不安に思っていましたが、無事に卒業することができました。カナダでは、このような社会人向けのスキルアップやスキル取得のコースが大変充実しています。

 開業前から「日本語保育園を開業したら、ぜひ預けたい」という人がいらっしゃったので、集客にはさほど困りませんでした。日本人が多いバンクーバーという土地柄もあったと思います。ビジネスにおいて一番苦労するのが集客ですので、その点は大変ありがたかったです。

日本語保育園を開業してよかったことは、息子の成長を見守りながら自宅で仕事ができたこと。仕事はしたいけれど、息子は預けたくないという私のわがままを叶えるのに、日本語保育園は最高の仕事でした。また、日本での教員経験を十分に生かすことができ、保護者から厚い信頼を得ることもできました。昔から子供が好きで、子供と関わる仕事がしたいと思っていたので、この仕事はまさに私にとって天職でした。

 このビジネスで私が「やっておいてよかった」と思ったことは最初の契約書作成です。書類関係の準備には膨大な時間を費やしましたが最初の規約を細かく決めておくと、トラブルを未然に防ぐことができますし、後々楽です。
また、保育園を運営しながら、必要だと感じたことは随時、契約書に盛り込んで内容を更新していました。書面でのやりとりというのは本当に大切で、特にカナダでは直筆のサインをもらえば承諾を得たことになります。

 面白かったのは、契約書の最後だけではなく、途中のページにも目を通した証にイニシャルを記入するという、日本にはない発想です。大雑把でいい加減なことも多いこの国ですが、こういうところは日本人より細やかでしっかりしているんだなと感心しました。

この自営業は、私の中で大きな自信になりましたし、
日本語保育園を通して、たくさんの素敵な子供たち、ご家族との出会いに恵まれたことに、心から感謝しております。

海外進出を自社のみで挑戦し、失敗

 ある事業で海外進出を試みたものの、失敗してしまった・・という方からお話を伺いました。

お話を伺ってみて、なんとも勿体ない・・けれども実際にこういったケースはよくあり得るのだろうな・・という内容の体験談です。ぜひ参考になさってみてください。

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 事業拡大・競争力の向上を目指し海外で製品を生産し、輸入するというプロジェクトに携わりました。

 経営層からの指示は、ターゲットは韓国と台湾で、現地調査から委託企業の選定から契約まですべて自社で行うというのもでした。
そのために、1年前の新卒採用でそれぞれの国で育った留学生を採用しました。
そして、日本で交渉先の企業を選定し、韓国では数社アポイントも取れ、役員と新卒採用の社員が現地調査と交渉に向かいました。交渉では挨拶と簡単な条件の提示程度だったようで、反応が良かった企業とは具体的な話はメールと電話で詰めるとなったようでした。結局数社のうち価格の具体的な交渉まで進んだのは1社だけで、その1社も数回のやり取りのみで返事がなくなりました。
結果的に失敗となってしまい、会社の方針から一旦保留となりました。

 失敗した原因というのが、単純に言葉が話せる、理解できるという人材を交渉の窓口に立たせたことです。社会人経験も少なく、通訳として会社の意図等が交渉相手に正確に伝わらなったり、その逆もあり意思の疎通が正確にできませんでした。
単純な通訳だけでは今回のように失敗に陥るケースは多々発生する可能性があります。交渉相手に送るメールも日本語では書けますが、翻訳後が正確にこちらの意図が伝わるものなのかが判断がつきません。特に自社のみで完結させる場合は、専門家に依頼する場合の数倍準備が必要となると感じました。

 今回のケースのように、そもそもサービスや事業が悪い、海外の市場やニーズにそぐわない・・わけではなく、単純なコミュニケーション(しかも言語)の問題で頓挫する・・これは非常にもったいない事態です。ビジネスにおいてはコミュニケーションが非常に重要です。言葉の壁は確かに存在しますが、決してクリアできない問題ではありません。これから海外進出を検討される方は、こういった言葉の壁を事前に十分準備をしてください。せっかく良い商品を作ってもこんな理由で夢を諦めるのはとても残念でなりません。
言葉の壁、コミュニケーションの壁は決して容易な問題ではありませんが、現地パートナーとうまく連携するなど必ずクリアできる問題かと思います。

初めての独立、オランダでのJapaneseマッサージ

 海外での生活はおろか日本でも経営経験がゼロ、英語も苦手・・だった方がオランダでビジネスを展開し、現在も軌道に乗った店舗運営をされている。

 お話を伺ってみると、確かに裸一貫で右も左も分からないのに情熱だけで単身オランダへ乗り込んだように思われがちですが、無意識に始めからきちんとコンセプトを掲げ、現地海外のマーケティングも実行し、地道な努力で着々と成功を掴んでいらっしゃるな・・というように思われます。

とても参考になりますので、ぜひ読んでみてください。

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 私はマッサージの技術だけを頼りにオランダで事業を行なっています。

 日本で5年ほどリラクゼーション業界で働いていた私は、独立を視野に入れていました。しかし日本におけるマッサージやリラクゼーション業界は飽和状態にあり、独立した者で成功する人はほんの僅かという厳しい現実がありました。

 そんな時、たまたまオランダの移民法が変わり日本人に優遇策を取っているとの記事を目にしました。オランダは以前旅行ですが訪れた事があったこと、オランダでも街にマッサージサロンはありますが、中国式やタイ式がほとんどで日本式を見かけなかったこと。これらの背景から、もしかしたら日本よりもオランダで日本式マッサージを展開すれば需要が生まれるかもしれない・・という想いに至りました。基本的に「日本」という響きに好印象や高品質というイメージを持っている外国人は多いと思います。その為かどうか、初めて聞く『Japanese massage』に興味を持ってくれる人が多い気がします。

 思い立ってからは、すぐにインターネットで情報収集をし、現地の移民弁護士とコンタクトを取り、即座に起業及び移住を決断しました。早く決断したのは経済問題や移民問題で揺れるヨーロッパなだけに、いつどのように移民法が変わるかも分からないと危惧したからです。一番厄介ともいえる滞在許可などの手続き関連は前述の移民弁護士に依頼したため、自分自身はほぼノータッチで大丈夫でした。

 住居や店舗探しから始め、他のマッサージ店の有無や価格設定などは、ほとんど現地に行ってから行ないました。もちろん事前にインターネットで調べられることは調べておくに越したことはないですが、情報が古かったり正確でなかったりするケースもあるので、結局は自分の目や耳、足で確かめるのが一番だと実感しました。

 オランダは先進国なだけあり物価もそれなりに高いです。そのため、まずは店舗を持たず出張マッサージとしてビジネスを開始することにしました。住居兼店舗とするのが理想ではあったのですが、自治体のルールやオーナーの意向などにより全ての住居でビジネスができるわけではなかったからです。この辺りはやはり最初から100%を求めているとなかなか前に進まない事があるので、ある程度の柔軟性や妥協が必要なのではないかと思います。
 
 お店の宣伝や集客については、Facebookで宣伝をし、知り合ったオランダ人に口コミを広げてもらうような形で、広告費はほぼゼロでスタートしました。かかった費用と言えば自分で作成したメニュー表のコピー代ぐらいですね。この辺りはもっとお金をかけてでも宣伝をし、一気に顧客を確保するといった方法でもいいと思います。結果的に私はお金をかけなかった分、顧客確保に時間もかかりました。

私が宣伝にお金をかけなかったのは、マッサージの事業が維持費をほとんど必要としなかったからでした。例えば食品を扱っていたり店舗を持っているようなサービスだと、当然維持費がどんどん負担になってきますよね。その点店舗を持たない出張マッサージという形であれば、自分の生活費以外にかかる費用がほとんどないため、焦らずにじっくりと顧客確保に専念できたわけです。

  海外はおろか日本でも起業経験がない私には全てが初めてのことだらけでしたが、現地で知り合いが増えてくることで大きな助けになりました。オランダの公用語はオランダ語ですが、オランダ人の多くは流暢すぎるほど英語を話すのでとりあえず英吾ができればコミュニケーションは問題ありません。まあ私の場合その英語も苦手ではありました・・。ただ言葉の壁は、正直後から何とかなると思います。
 国や国民性によって初めての物やサービスに対し懐疑的な場合もあれば、好意的な場合もあるでしょう。その点においてオランダはかなりオープンだと思います。その甲斐あってか、私の始めた日本式マッサージも何とか順調に軌道に乗っています。オランダはその文化や国民性からも新しいビジネスを始めるのにチャレンジのし甲斐がある国だと思っています。

ベトナムでお店を開くために必要なこと

ベトナムで雑貨屋さんを経営されているご主人から、現地ならではのリアリテイな体験談をお聞きしましたのでご紹介します。

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 私はベトナムでベトナム人と結婚して、雑貨屋を開いている者です。ベトナムは大の親日国です。結婚相手はドイツ人か日本人が一番!と言われているほどで、とにかくメイドインジャパンは大人気です。

 私もベトナムに住んで、ベトナム人と結婚して、色々な人と出会いましたが、日本というブランドはとても強いことを痛感しています。その結果、妻を社長として会社を立ち上げ、今では自社店舗を2店舗構え、他社店舗にも販売をしております。
一番売れるのは、やはり粉ミルクです。ベトナムも成長期のため、子供を大事にする家庭が増え、子供用品の安全性を求める声は日に日に高まっています。特に粉ミルクは口に入れるものなので、特に安全性を重視し、一番安全な日本製を買う家庭が後を絶ちません。弊社でも売れ筋ランキングの上位に入ります。


 そんな感じで日本製を主に扱っていますが、ベトナムでお店や会社を作る上で、ベトナム人の協力は絶対必要です。法律が緩くなり、外国人でも独資で会社が持てるようになりましたが、やはり社会主義の国。ベトナム人がトップになることにより、なんでもスムーズに話が進みます。外国人がトップになっている会社ですと、何かと横やりが飛んでくるケースが多々あります。
一番良いのはベトナム人と結婚することです。何より配偶者ビザにより永遠にベトナムに滞在出来ます。それ以外だと投資ビザや就労ビザしか方法が無く、お金もかかり大変です。是非、ベトナムでビジネスをしたい方は、結婚相手か、信頼できるパートナーを見つけることがまず第1に大事なことです。

海外でビジネスを展開させる上で大事なパートナーシップ

 今回は南アフリカ共和国という日本からも遥か遠い異国の地で地道なトライアンドエラーを繰り返し夢を叶えられた方の体験談をご紹介します。

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 私は南アフリカ共和国のケープタウンでビューティーサロンを経営していました。現地で結婚し、自宅で出来るビジネスを始められるよう、学校に通い資格を取得しておきました。フルタイムのコースで2年間勉強し、フェイシャル、アロマセラピー、マニキュアとペディキュア、脱毛を出来る資格を取りました。

資格取得後は、ホテルのビューティーサロンで雇われながら4年間修業をしました。その後、自宅ではなく小さな貸店舗をみつけ自分のサロンを開店しました。

 
結果はあえなく失敗です。
集客に苦労し、お店を回していけなかったこと、資金不足で販売用の商品が十分変えなかったことです。今振り返ると完全に準備不足だったと感じてます。



 その時舞い込んできた話があります。美容室を経営している友人が誘ってくれたのです。「敷地内にあいてる部屋があるから、そこでフェイシャルとかマニュキュアのサービスをしてみない?」この友人の美容室は一軒家を改造したお店で、裏に庭がついています。この裏庭は通常お客様の待合、休憩用で、イスやテーブルが置いてありました。その一角に、小さな小屋があり、元々は賃貸用として建てられたもので、シャワー室やキッチンがついていました。この小屋をリフォームして私に貸してくれるというのです。

庭にいる美容室のお客さんに宣伝しても良いし、美容師が施術中も裏庭にあるビューティーサロンの宣伝をしてあげる、と。私のホテルでの経験を買ってくれ、リフォーム費用は向こうが持ち、私は家賃を払うだけで良かった事も幸いしました。将来的には、私の施術目的で来たお客様が美容院にも来てくれるようになると良いね…と言ってくれました。

 好条件だったのでこの言葉に甘え、もう一度ビューティーサロン経営に挑戦してみることにしました。

美容師さんたちのおすすめで、お客様もぼつぼつと来だしました。ヘアカラーやパーマに来ていた美容室のお客さんが待ち時間にマニキュアやペディキュアをしに来たのです。そこから私のサービスにも評価をいただけるようになり、だんだんとお客様が増え始めました。しばらくたつと、他のトリートメントにも興味を持ち出す方も増え、土曜日は予約でいっぱいになり始めました。スキンケア商品の販売も順調で、美容クリームを買いに来るだけによるお客様もできるようになりました。

結果的に当初の失敗を経て、ここでは順調に美容サロンを運営することが実現できました。

 ここでの成功の秘訣は、私一人でビジネスをやっていなかったことだと思います。美容室の一部として定期的にミーティングを行い、常時改善に向かって何をしたら良いか話し合ったり、情報を交換したりと、皆で共に運営をし、勉強するという姿勢がありました。プロのための講習会にも積極的に参加し、新しい技術を取得する機会もありました。一人ではしてなかっただろうな、と思います。

このビューティーサロンは6年で廃業しました。個人的な理由により、イギリスに引っ越すことになったからです。それ以降もいろいろな国への引っ越しが続き、今は雇われ人ですが、あの頃の体験を活かしもう一度自分のお店を持ちたいと現在計画中です。

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 よく、ビジネス・・特に海外でのビジネスを展開したり事業を海外進出させる際に、パートナーシップの重要性が語られます。あらかじめ似たようなビジネスである程度の成功を収められた方とパートナーシップを組める事が一番理想ですが、なかなかそう都合よくもいきませんよね…。このパートナー探しというのが成功のキーの一つにも思えます。

この方の成功談もまさに、現地でのパートナー(もはや共に働く仲間…ですね)との良縁が成功を導いた好事例です。

フィリピンでのレストラン経営談から学ぶ、慣習の違いと経営ハウトゥ

 フィリピンのある地方都市で雑貨店とレストランを経営されている方からとても貴重な体験談をお伺いすることができましたので、ご紹介させていただきます。

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 フィリピン・カマリネス州・ナガ市、人口17万人程度のこの地方都市で、私が小さな雑貨店とレストランを始めたのは今から約6年半前になります。フィリピンの常識や文化はもとより、フィリピンの人が普段どんなものを食べているのかすら知らずに始めたので、最初はけっこう苦労しました。

今回は、私がフィリピンで経験したレストラン経営にまつわるエピソードや、やってみて解かったことなどをお伝えします。



 最初は日本との常識の違いに本当に戸惑う毎日でした。日本人の常識からすると非常に驚くのですが、

レストランなどの飲食店もそうなのですが、ほとんどのお店で「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」を聞いたことがありません。
ひどい店になると、お釣りをお客様に投げ返すところもあります。約束の時間も守りません。30分、1時間遅れは想定内で待っていないとなりません。
でも彼らに悪気はないのです。これがフィリピンでの常識です。

 この経験から、私のお店では日本特有と思われるこの挨拶…「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」をあえて口にするようにしました。それは現地では物珍しく映ったようで、直接のビジネスの売り上げに貢献されたかどうかは分からないですが、周りにひしめく飲食店の中では個性として目立つ存在になりました。

 またメニューについても試行錯誤の中導かれた結論がありました。それこそ最初は他の食堂やレストランを真似てフィリピン料理を出してみたのですが、これが大失敗…。

それで思い切って日本式のカレーライスを出してみました。これが予想に反し大当たりしまして、口コミが口コミを呼び反響となりました。

それ以来、カレー、とんかつ、親子丼、焼肉定食など、日本の食堂で出る日本のB級グルメを中心としたお店に。日本のメニューがまかさこのような形で現地の方々にウケるとは思ってもいなかったので、やってみないと分からなかった事ではありますが、やはりジャパンクオリティというものが食にもあるのだなぁ・・と感じました。

このような経験を経て、思うこと・感じたことがあります。



【フィリピンのお店経営で注意しいこと】


1.過剰な設備投資はけがのもと
 

海外でビジネスを始める時は気合が入りますよね。たとえばお店だったら、設備や内装に思いっきりお金をかけたくなります。
気持はとても良く解りますし私もそうでした。ですが、フィリピンで商売を始めるころは円とフィリピンペソのお金の価値の違いが実感できないのです。

これが落とし穴ですね。つまり円を使って設備投資して、価値が1/5のフィリピンペソで回収することになるからです。
 
ですから、設備投資は最小限度に抑えるべきです。豪華にするのは儲かってからでも遅くありません。



2.意外に高くつく人件費


 フィリピンの人件費は確かに安いです。たとえば、首都マニラでさえ表向きの最低賃金は1日約1,000円(450ペソ)です。
ですが、問題は作業効率です。先ほどお話した時間を守らないこともありますが、フィリピンの人は仕事に命をかける日本人とは違います。
つまり、日本人なら1人でこなせることを、現地の人なら2,3人と考えていた方がいいということです。この辺の盲点でした。




【フィリピンにはビジネスチャンスがいっぱい!】


 フィリピンのビジネスは日本に10年遅れている。と言う人もいますが確かにそう思います。でもそれは、日本でやりつくされた手法が、実はフィリピンでは新しいことなのかも知れないということです。

日本にあってフィリピンにない商売はたくさんあります。これは私が住むナガ市に限ってのことですが、コインランドリー、自動販売機、修理保証付きの中古車屋さん、学生相手にアパートを紹介する不動産屋さん、タウン情報誌などなど…探せばもっとあるでしょう。
 

もう少しすんなりと就労ビザが出れば良いのですが…

ただ、これから世界はボーダーレスの時代。是非フィリピンでのビジネスも検討されてみては?

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 やはり、現地ですでにビジネスを展開されている方のお話は本当にためになりますね・・非常に参考になりました。これからビジネスを海外で展開させようという方も、事業を海外進出させようという方も、フィリピンに限らずこういった文化の違いから起こる問題や、貨幣価値の違いと労働資本のバランスは現地の慣習をよく理解した上で事前準備できるととても良いですね。

かつて世界を席巻した日本の携帯技術、それでも海外進出がうまくいかないのは?

 日本でかつて時代を席巻したガラケーと着せ替えサービス。日本での流行りを受けアメリカへこのサービスを進出させようとしたある会社さんの当時のエピソードをお伺いすることができました。

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 私が勤務している会社は、携帯電話端末の画面を着せ替える技術について強みを持っていて、日本国内では大手キャリア3社とライセンス契約を交わし、安定的な収益を確保してきました。
 携帯電話というのは従来の携帯電話の端末のこと…いわゆるガラケーです。そしてこの着せ替え技術をアメリカでもライセンス販売できると考え、7年前にアメリカに子会社を設立し、取締役を1名派遣してビジネスに取り組みました。
 
ところが、アメリカ人の習慣として携帯電話の画面を着せ替えたいというようなニーズがないという現地携帯会社の見方が強く、私たちはすぐに壁にぶつかりました。当時は社長自らが何度も渡米し、アメリカの携帯電話会社の幹部に対し着せ替え機能を携帯電話に搭載すれば、新たな携帯電話の付加価値として魅力が生まれ、携帯電話そのものも販売台数が多くなるはずだと、先方の考えを変えようと何度も試みました。
しかし、入念にアメリカ側の話を聞いてみると、アメリカ人の携帯電話の使い方というのは、文字通り電話をするときだけに使用するのであって、インターネットを利用してホームページを見るようなことはしないとのことでした。だから、携帯電話の画面を着せ替えるような趣味は持たないと言われてしまったのです。


 そんなこんなで2年間、アメリカ国内で着せ替え技術の売り込みに尽力をつ付けましたが、とうとう相手にしてもらえず、そのうちiPhoneやスマートフォンが台頭してきたため、私の会社でもスマホ向けのソーシャルビジネスに経営資源を振り向け、現在はソーシャルゲームの開発に注力するに至っております。
 当時、私としては日本とアメリカでここまで携帯電話の使い方に違いがあると突きつけられた事は非常にカルチャーショックを受けました。同じ先進国であれば最新鋭のデジタル機器の用途やニーズは共通するものと思い込んでおりました。文化の違いでここまでニーズが変わるということをもしかしたら事前にもう少し分かっていれば、海外での展開の仕方も変わっていたかもしれません。とても良い勉強になりました。

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 スマートホンの台頭で、更にこういった垣根がなくなりつつある現代。振り返ってみると、確かに当時のガラケーはいわゆる日本だけのガラパゴスと言われるだけあって、日本特有のニーズに合わせた仕様で突き進んでいましたよね。結果、それ故に世界を席巻した日本の携帯技術もスマートフォンに取って代われていきました。やはり、日本で成功したビジネスも、現地海外のニーズに即したものか、そのまま持ち込んで果たして受け入れられるものかどうか、事前の調査は是非行うのが良さそうですね。