JeS[ʈꗗ: ここに “技・わざ” あり!ニッポン

ジャパンブルーとして愛される日本初のジーンズブランド

 作業着として普段着として、オシャレ着としても今や定番のアイテムとなっているジーンズ。小さな子供からお年を召した方まで年齢性別を問わず世界中で昔から親しまれているのがジーンズですよね。

 この世界中で定番中の定番ともいえるジーンズ、日本国内、および世界においてもその品質、技術力、デザイン性において優れていると言われている日本ブランドがあるのをご存知でしょうか?

 それは岡山県倉敷市児島から誕生した「桃太郎ジーンズ」というブランド名で製造されているジーンズです。著名人・有名人の中にも愛用する方が多いです。長く使うことの出来るジーンズですが、使い続けるうちに藍色も薄くなり、こすれてしまったりしてしまいます。
けれど、色落ちというのも味わいになっておりその色落ち間を求めて購入される方も多いようです。

そんな桃太郎ジーンズですが海外へ進出する為に直接売り込みに行くなど、努力を続けています。「ジャパンブルー」と名付けられた海外進出用のブランド。通常であればジーンズ製品は店に置かないというセレクトショップでも「ジャパンブルージーンス」の手触りやそのデザイン性、染色の丁寧な仕上がりを見て、店頭へ並べるという店もあったようです。日本国内で人気のジーンズは、海外のセレクトショップや目の肥えた愛用者達にとっても大変注目を集めるジーンズとなっています。
 このように、世界中で古くから定番商品となっているものでも、日本の技術力が加わることで、また新しい価値を生み、それが世界へと進出していくものがあるのだというとても素晴らしい事例ですね。

参考)

藍布屋:
http://www.japanblue.co.jp/

海外で人気となった日本のランドセル

 日本人も想像していなかった、日本特有のアイテムが突然現代において海外で人気を呼び、日本発の海外進出商品として新たな市場を生む・・という現象がしばしば見受けられます。

 海外で意外な人気となっている、日本製品のひとつが「ランドセル」です。

ランドセルは、おもに日本の小学生が、通学用のかばんとして使っているものです。一般的に、革や人工の革で作られており、6年間の通学に使えるように、頑丈で、背中に背負えるようになっています。

ランドセルは、もともとオランダから持ち込まれたといわれています。江戸時代末期に、江戸幕府によって、軍隊の西洋化が図られえうようになりました。その際、オランダの兵隊が背中に背負っていた背嚢が取り入れられ、それが明治時代になると、小学生用のランドセルになったといわれているのです。最初は、リュックサックのような形をしていたといわれていますが、しだいに今のようなランドセルの形に変わってきたようです。

 日本の小学生にとって、ランドセルはそれほど人気のあるものではありません。デザインもかつては、男子は黒、女子は赤というのが定番色で、当然のようにオシャレなどは度外視、機能性を重視したものが一般的でした。
ところが最近では、日本の少子化問題が影響し、ランドセルの買い手が少なくなっているというのが市場に影響し、競争力が高まったこともあり、差別化の一貫でピンクやチェック柄といったカラフルで、おしゃれなランドセルも多くなってきました。高級化も進んでいます。買い手をひきつけるために、デザインの面でも工夫が進んだのかもしれません。

 その様子が、日本のアニメ作品などを通じて、海外に広まったといわれています。そして最近ではしだいに、おしゃれの一部として海外でも使う人が増えてきたのです。とくに、アメリカやイギリス、ロシア、ヨーロッパの国々やアジアなど、多くの国で人気を集めるようになりました。一説にはハリウッド女優が使い始めたのがきっかけともいわれています。このため、日本に旅行に訪れる外国人観光客のうちにも、お土産にランドセルを買って帰るという人達が増えているようです。最近では羽田空港でもランドセルが売られようになりました。オランダから伝わったランドセルが、時を越えて、日本人の手によりオシャレなアイテムとして変化を遂げ、日本から海外へ輸出される日がきたのです。

インドで高いシェアを誇るスズキ自動車、その勝因は?

海外進出で成功している日本製品の代表例が、自動車です。

とくに知られているのが、トヨタ・日産・ホンダなどの自動車だと思います。これらのメーカーは、日本国内でもおきなシェアを誇る大企業でもあります。

しかしながら、人口11億人を誇る南アジアの大国インドでは、軽自動車やオートバイの生産で知られる「スズキ」が自動車販売シェアNo.1となっております。

トヨタやホンダが5%前後に対し、スズキのインドにおける自動車シェアはなんと2015年には半数近い47%もの数字を誇っております。まさに一人勝ち状態です。

スズキは、普通自動車や大型自動車の車種がそれほど多くなく、故に日本国内での自動車にしめるシェアもそれほど高くありません。

しかし、軽自動車では、ユニークな車種を数多く発表してた結果、近距離の買い物などに使う主婦層の間では人気があります。

では、そんなスズキがなぜインドではシェアNo1を誇っているのでしょうか?

 そもそも、スズキは海外における自動車事業は後発参入でした。スズキがインドへの海外進出を果たした1980年代当初は、アメリカやヨーロッパなどではホンダやトヨタが既に成功を果たしており、当時は既にそれらの地域への後発参入の余地が無かったと思われます。しかし巨大な人口を保有しつつもまだまだ自動車文化が浸透していないインドなら市場拡大の余地がありました。まさに参入のタイミングが絶好であった。これが理由の一つです。

どのマーケットに焦点を当てるか、海外マーケティングの読みが当たったとも言えるでしょう。

 もう一つは、インドではまさにスズキが得意とする、この小型軽量自動車がウケるマーケットであったということです。北米や欧米では大型車が人気であるのに対し、インドでは逆に軽自動車が人気を博しました。都市部の過密化や駐車スペースの減少、そもそも自動車保有の文化が希少であったこと、また日本同様にインドでは小型車は税制優遇が受けられる…などといった背景があったかと思います。

またスズキの自動車は、他のメーカーと比べても価格が低く手に入りやすいというのも特徴です。初めて自動車を運転する人にとって扱い易い軽自動車は性能面においてもインドの消費者の方から受け入れられたのだと思います。

 スズキはほかの東南アジアの国々にも、積極的に進出しています。とくに力を入れているのがインドネシアやマレーシアなどです。インドネシアは人口も2億人と多く、これから自動車の利用者が増えていくことが予想されます。どちからというと、日本の大手メーカーがそれほど力を入れていなかった市場でもあります。それは、これまで自動車の利用者が、それほど多くなかったためです。ただ、スズキは日本国内でも、それほど大きなメーカーではありません。それでも、目の付け所がよかったことで、これから成長が見込まれる海外市場で、高いシェアを獲得できそうです。

 日本では市場シェアが決して高くなく、またアメリカやヨーロッパ地域では既に後発であったにも関わらず、マーケットを変えるだけでニーズも大きく代わり成功を収めた素晴らしい事例ですね。

まず日本人が日本の底力を知るべき

私は現在30代の男性です。現在は中国に住んでいます。

大学卒業後に、サラリーマンとして働いていたのですが、海外生活に興味を持ち、退職後に中国に渡り、現在では中国で日本語教師を行いながら生活しています。こちらにきてすでに3年以上が過ぎました。

日本に住んでいる時は、まったく気づかなかったのですが、中国に来て日本を外から見ることができ、改めて日本の良さ、そして底力を認識することができました。

今日は、私なりに考える日本の底力とは何か、そしてそれをどのように発信していくかについて記したいと思います。

まず、日本の底力とは何でしょうか。
私が思う日本の底力を一言で記すと技術力と言えます。
しかし、技術力というだけでは表せないものがあります。
日本人の持っている気質、例えば丁寧さ、繊細さ、探究心すべてが技術力につながっているわけです。

中国に来て、ますます実感できたのがこの日本の技術力の高さです。

では、なぜ日本はこうした高い技術力を維持しているのでしょうか。

実は文化に大きく関係していると言えます。
日本には職人がたくさんいます。そして多くの人から尊敬されているのが職人です。
一つの道を究めることが美徳であり、そしてそれに大きな誇りを抱いているのが職人です。
自分に厳しく、お金には代えられない高い技術を提供するのが職人気質と言えるかもしれません。

一方で、中国には日本のような職人はいません。

例えば、家の修理に来た人がいるとします。
日本では、恥ずかしくない仕事を提供してこそ対価を得ることができると考えていますので、仕上がりをとてもきれいなものにします。
それは必須なことと言えます。

しかし、中国ではそうではなくて、とりあえずやればいいという考えの人がほとんどで、お金さえもらえれば仕事はやっつけでも良いという考えです。
つまり、簡単に言うと自分の仕事に誇りをもっていないと言えます。

実は、こうした物の考え方が技術力の差につながっていると言えます。
そしてこれこそが日本の底力ではないでしょうか。

残念ながら、多くの日本人がこのことを認識していません。

まずは海外に発信する前に、日本国内でこのことを認識できるようにするべきです。

そうすることによって、この日本のある種文化が守られ、さらにそれを続けていくことによって外に発信ができるはずです。    

2014.04 (Bump-LS)

日本の伝統的食品を日本人のものだけにしない

私が日本が海外向けにどんどん輸出すればいいと思うものは、日本の伝統的な食品です。

例えば、みそ、しょうゆ、みりん、納豆、漬物、豆腐などです。これらはすべて植物性で、なおかつ発酵食品です。
発酵食品は体にとてもよく、健康のためには欠かせないと言っていいでしょう。
欧米の食事は動物性のものが多いですし、これらの食品がとても健康にいいと宣伝すれば、きっと海外でも受け入れられること間違いないでしょう。

日本の伝統的な食品を作る製造元の多くは、素材にこだわり、長い時間をかけて製造されています。
そのための技術は代々受け継がれてきたものばかり。一朝一夕で真似できるものではありません。

そこで、これらの技術も海外に輸出することが出来ると思うのです。
途上国などに技術者を派遣し、現地に工場を作って現地の人に働いてもらい、日本の伝統的な食品を作る技術を指導するのです。

出来た食品を現地の人に食べてもらうと同時に欧米などに出荷する。
そうすれば、途上国の人たちもうるおいますし、欧米の人たちはどんどん健康になります。いいことずくめだと思いませんか?

日本の伝統的食品を日本人のものだけにするのではなく、世界中の人に味わってもらって、その上健康になってもらえたらいいなと思うのです。

2014.02 (Azuki-LS)

ジャパンプレミアム農業者と農業技術を世界に輸出

私は、東京でサラリーマンをしていましたが、30歳のときに脱サラして宮城県でイチゴ農家になりました。

 

イチゴ農家になってから5年後の2011年3月11日の大津波で私のイチゴハウスは流れてしまいました。

 

再建もできず、現在は、実家の近畿で農業とは関係のない仕事で生計を立てています。しかし、どこか張り合いがありません。 イチゴ農家への未練が捨て切れていないからです。 チャンスがあれば、どこかでまたイチゴを作りたいと思っています。

 

しかし、被災地にはもう戻る気持ちはありません。 今の被災地は復興特需で活気がありますが、それも長くは続きませんし、放射能問題が解決するとは思えないからです。  私のような思いを持っている人は、かなりの数いると思います。

 

また、農業に興味関心を持っている若者も増えてきています。

 

さらに、新潟のコシヒカリ、青森のリンゴや鳥取のナシ、静岡のメロン、神戸牛、福岡のあまおうなど日本で生産された農産物は海外で高い評価を得ており、日本の農業が優れた人材と技術を持っていることは海外で認知されています。

 

先日、日本食文化がユネスコ無形文化遺産に登録されたことも、今後ますます日本の食材が注目される機会になることは間違いないでしょう。

 

この出来事は、海外への農業者の移住促進を促す事業に取り組む、良い機会にもなると思い、この提言を思いつきました。

 

しかしただ1つ、海外に移住する農業者には、必要な条件があります。

 

それは、「経営能力のある農業者であること」です。 言い換えると「自分の作ったものは、自分で売ってきた人」になります。

 

つまり、農協や商社やバイヤーの言う通りに農作物を作っていた生産者では資格がないということです。

 

まずは、言葉も文化も違う土地で裸一貫で農業に取り組みたい人を募り、どのような人材が集まるか探ることから始めてみることを提案します。

 

2013.12.09 (Sheen-LS)

新たな挑戦で、日本の復活と世界に対する貢献を

日本の元気が無くなったと言われて久しいですが、アベノミクス効果もあり、ようやく薄日がさしてきた感があります。この兆しを大事にしつつ、新たな挑戦で日本の復活と、世界に対する貢献を一層高めて行く事に知恵を出していく必要があります。

(1)文化や食の発信で日本ファンを世界に増やす好機です

日本食がユネスコの文化遺産に登録されました。これは会席料理などの贅沢で、綺麗な料理そのものが対象なのではなく、古くからのご飯と1汁3菜の食生活や、食にまつわる良き習慣や伝統が対象です。 世界的に寿司を始め、ヘルシーな食事として人気が高まる日本料理ですが、文化遺産登録を機に、その奥にある日本人の習慣や文化を合わせて発信し、世界に日本食のみならず、日本ファンを増やしたいものです。

また、日本のアニメ文化も世界で高く評価されています。伝統と新しいものが融和した国として、日本の文化の魅力を更に発信する施策が求められています。


(2)経済的な復活への道

日本の文化は、芸者・フジヤマの様な偏った見識は徐々に減っていますが、それは上記の様な日本文化の独特で素晴しい内容の発信に寄る所も大きいですが、自動車やエレクトロ製品などの高品質な製品の認知によっても変って来たものです。

やはり、経済活動を通しての発信は、伝統に合わせて今の日本を象徴する文化の1面です。

自動車ではトヨタが全米1位を回復し、国内の多くの企業間の競争で消耗していた電機、エレクトロニクス業界でも、業界の淘汰リストラが一段落し、これから再度の攻勢を期待したいものです。

経済が弱くなると、内需の拡大が叫ばれますが、それは必要ですが、日本にとっては工業製品の輸出は絶対必要な要素なのです。

原発が止まり、石油の輸入が増え、最近では何度も輸入超過に陥る事を経験しています。国債残高が高水準の日本にとって、国際収支が赤字化する事は極めて危険です。

日本企業の再生を応援する意味から、日本人はもう少し日本製品に愛着を持っても良いのではないでしょうか。


(3)エネルギーの自立に向けた取り組み

日本は、資源がなく、資源を輸入し、加工製品を輸出して生業を立てる国だと教えられて来ました。

現に、円安と石油輸入の増加で、輸入超過と言う信じられない事が起こっている事を、述べました。 しかし、日本の領海にはメタンハイドレートと言う資源が眠っている事が知られています。太平洋側には海底にガスとして溶け込み、日本海側には凍って固体化した塊が海底表面に転がっているのです。

自前のエネルギー資源に対し、石油や天然ガスの輸入など既得権を持った勢力が抵抗しているようです。日本をエネルギー輸入国から、輸出国に変えるパラダイムシフトの可能性を秘めているもので、国民の声で既得権者の抵抗を排除し、もっと積極推進すべきでしょう。

こうした自前のエネルギー資源を、多彩な優れた文化、高品質な工業製品に次ぐ、第3の力として持てれば、日本はもっともっと豊かになり、世界への貢献も増やせると思うのですが、いかがでしょうか。

2013.12.09 (R2GG-LS)

日本に少し明るい兆し

バブル経済崩壊後、失われた20年と呼ばれる長期に渡る不況と更なる円高、デフレスパイラルに苦しめられながらも、ここにきて日本に少し明るい兆しが見え始めています。  

自民党の安倍晋三党首が、アベノミクスという経済復活政策を掲げ、4年近くの民主党政権を破って与党に返り咲き2度目の総理大臣となりました。 アベノミクスの2%のインフレターゲット発表により、為替は円高に動き、海外投資家による日本株買いもあって、株価も反転し1万数千円にまで回復し、企業業績も上方修正が増えてきました。

又、日本の技術力や円安傾向もあって、自動車産業ではトヨタやホンダ、ニッサンなどの海外での販売は好調で、トヨタグループは2年連続世界一の販売台数となりそうで、日本

の基幹産業も巻き返しの動きがでてきています。

更に、富士山が世界文化遺産に認定された事や、日本の誇るアニメや漫画などのサブカルチャー文化などは海外で相変わらず人気でもあり、その影響や円安などにより海外旅行者も増加しています。

そして、京都大学の中山教授がノーベル賞を受賞した「iPS細胞による再生医療」の研究も、日本はトップレベルであるといい、赤血球などの再生研究などがいわれています。

しかし、技術力や人間の勤勉さはあっても、問題はエネルギーや資源の無さでもあります。

なにより、エネルギーを海外に依存しており、東日本大震災と原発の爆発の影響で化石燃料発電の需要が増えるとして、ジャパンプレミアムなどという足元をみられたような値段で、

エネルギーを購入しなければならない問題もあります。

しかし、日本近海に眠るメタン・ハイドレートという凍った天然ガスは膨大な埋蔵量も判明してきており、今年の3月には愛知県の渥美半島沖での試掘に成功し、関連会社の三

井海洋開発と日本海洋採掘の株がストップ高になるほどでした。

更に、オーランチキチキなどという石油を生み出す藻の開発などは、大規模にやってみる度量が必要かもしれません。

又、中国に嫌がらせをうけたレアアースも、沖縄や小笠原諸島周辺の海底に存在することも調査で判明しています。

これらを見ても、日本のネックであったエネルギーも、9割近い海外依存からの脱却の可能性がみえています。 日本という国土は狭いものですが、海を含んだその海域を含めるとかなり大きな権益を有する国でもあります。

日本のエネルギー開発は、海洋開発技術にあるのかもしれません。

2013.12.11 (Hide-LS)

日本の匠の技をもっと世界に発信すべき

ここ20年ほどデフレの時代が続き、経済的に日本には活力がなくなっているのは確かです。

携帯電話はほとんどの人が持っているし、生活はもうこれ以上便利になりようがない位便利な世の中になっています。これ以上便利な商品を開発しようにも、もう飽和状態と言っていいのではないでしょうか。

物理的に豊かになった日本、先進国の中でも優れた技術力を持っている日本。

でも、まだまだ世界に発信できるものはたくさんあります。

それは匠の技です。

日本には道のつくものがたくさん受け継がれています。
例えば、柔道、剣道、茶道、華道など。
それらは他の国にはありません。

柔道をスポーツとして行っている国はどんどん増えていますが、それはスポーツとしてであって、精神的なものまで取り入れているとは思えません。

また、それらの道具を作る匠たちは日本にしかいません。
海外の人はスポーツとして柔道をやっていても、それらの道具を作る技までは習得していません。こんな素晴らしい技術をどんどん世界に紹介しない理由はないと思うのです。

スポーツ以外でも茶道に使う茶筅や器、華道の花器や剣山、それらのものを作る技術など、日本にしかできない技術はたくさんあります。

そういうものを世界に発信していくというのはどうでしょうか。

日本にいるそれらの道に携わる匠たちの技を、これから世界に発信していくことが日本への活力の源だと思います。

2013.12.09 (AZU-LS)

先人に学ぶ時

『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。』
山本 五十六

気がつけば自分が班長として工場のメンバーをまとめる立場になっていた。

最近、工場の若い奴らと接する機会が多くなった。

『最近の若い奴らは』なんて言葉、

自分が使うとは思ってもいなかった。

というか自分もそんな歳になったってことか。

最近の若い奴らは、どうにも仕事に対しての、それどころか普段の生活にも熱意を感じない。
『かっこいい車に乗りたいと思わないのか?』

『休日にやりたいことってないのか?』

そんな質問にも、
『え~、まぁ…』とか『車に興味ないですし…』
とか歯切れの悪い答えが返って来ることが多い。

俺が社会人になったばかりの頃は、スポーツカーに乗りたかった。
服やアクセサリーも色々持ちたかった。
その上で将来、結婚するための資金も欲しかった。

ともかく、日々を楽しむため、生活充実させるために金が欲しくて、毎日必死に働いた。

その頃の自分と同年代の奴ら。
『車には興味ないっすから』
『休みの日は1日家から出ないです』

そんな答えしか帰ってこない。

『最近の若い奴らは…』

例の言葉が口をついて出る。

仕事を終え、家でビールを飲みながら、自分の過去を振り返る。

(俺があのくらいの歳のころと今、何が。そんなに違うんだ?)
(本人のやる気だけか?)

確かに自分や恋人、結婚した後は子供たちのため。

仕事のモチベーションを支えたのはその辺だったのは確かだ。
ただ、今思い返してみればそれでも挫けそうになったことだって1度や2度ではなかったと思う。

(そんな時、どうして頑張れたんだろう?)
そう考えた時、頭に浮かんできたのは今の会社に入る前に、製造業にはいったばかりの自分に仕事を教えてくれた、先輩たちの顔だった。

俺も仕事頑張ってたけど、自分に仕事を教えてくれた先輩たちは、さらにパワフルだった。

深夜1時、2時でも平気で仕事してたっけ。

時にはそこから飲みに行って、次の日は何事もなかったように仕事をしていた。

仕事だけじゃなく、プライベートな悩みもいろいろ相談したっけ。

あの人たちが、かっこいい車乗ってたから自分も欲しくなった。
あの人が、家族を大切にしているのを見て、自分もそうしなきゃいけないんだと言う事を学んだ。

休日も時間を無駄にせず、力いっぱい楽しむことも見せてくれた。

かっこよかった。仕事もプライベートも。

(あ…そうか、俺はあんな身近に手本があったんだな。)
そう感じた。

今、俺はあの人たちと同じ立場だろう。

(今の俺って、あいつらにとってかっこいい先輩なのか?)

やる気を出せって言ってるが、俺はやる気を見せているのか?
お前らにやりたいことはないか? って言ってるが、俺自身は明確にやりたいことあるのか?


やらなきゃいけない事、
やったほうがいい事、
やっちゃダメな事。
仕事のやり方、
心構え・・・。

見るだけでそれらを伝えられるような大きな存在。
あの頃の俺たちにはそんな人がいた。

いまの若い奴らには…。
まだ、俺らはそんな大きな存在には慣れていないのかもしれない。

『今の若い奴らは…』
その言葉、ちょっと形を変えてそのまま俺たちにも当てはまっているのかもしれない。
 

『今の班長クラスの奴らは』
頼りがいがあるか?
やる気、熱意があるか?

そしてなにより、かっこよく生きてるか?
もう一度、先輩たちのことを思い出し、

あの人たちに負けない存在になると心に決め、グラスのビールを飲み干した。

3ヶ月前のことだ。

それから、自分の目標を決めた。

英語を勉強し、海外進出するときには真っ先に手を上げよう。
通勤時間に、流行りの英語CDで英会話の勉強を始めた。

今は、旋盤加工しかできないが、フライス加工もできるようにしよう。
職業訓練校の夜間講習で、NCフライスの加工を勉強し始めた。
休みの日も時間を無駄にしないようにしよう。

自然の中歩くのが好きだったので軽く登山を始めて見た。
積極的に班の若い連中と会話をすることにした。
自分から、家族の話をしてみる。

少しは、職場に元気が出てきたか?
ちょっとずつ若い奴らとの距離が縮まってきた実感がある。

やる気がないように見えるのは何も若い奴らのせいだけじゃない。
そうさせてしまったのは、やっぱりあいつらの先輩である俺らのせいでもある。

『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。』
いつか聞いた山本五十六の言葉が思い浮かぶ。

仕事だけではなく、人間として後輩の手本となる人に、俺はなりたいと強く思う。

今も昔も、人の動かし方に大きな違いは無いようだ。

 

2013.11.20 (Kas-CR)