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海外進出が続く日本の小売業

 海外展開で成功している日本企業の代表例が、イオングループなどに代表される小売業ではないでしょうか。日本にも、アメリカの会員制スーパー「コストコ」などが進出して、話題となっていますが、日本のイオングループなども東南アジアを中心に、積極的に店舗を展開しています。

 日本の小売業が、海外で強みを発揮しているのは、そのサービスにあるようです。
日本の小売業の強みは、社員教育がしっかりしていることだといわれています。たとえ、高級品を購入しに来たお客さんでなくとも、日本の小売店では、丁寧に接客します。百円や二百円の商品がどこの売り場においてあるのか、といったことを聞いても、時間をかけて探し出してくれます。海外では、ここまで決め細やかなサービスをしてくれる小売業は多くはないです。

また、日本の小売業は言葉遣い、礼儀なども非常に丁寧です。

こうした、ほかの国にはない点が、日本の小売業が海外で成功している理由なのではないでしょうか。事実、東南アジアでもタイやベトナムなどに、日本の小売業が進出しています。これらの国は、東南アジアでも比較的人口が多く、日本に対する感情も良好である点も、メリットとなっているようです。

 一方で、日本の小売業が海外進出を加速させているのには、理由もあります。

現在、日本の人口は約1億2000万人ですが、少子高齢化によって、これから人口が減っていくといわれています。こうした人口減の時代を見越して、海外進出を急いでいるのでしょう。事実、時代に乗り遅れた小売業者は、他社と吸収合併されるケースも少なくありません。うまく、海外進出の足がかりを作ることができた業者だけが、生き残っていくのかもしれません。

 もともと、日本の小売業の海外進出は、いまに始まったことではありません。すでに30年前には、東南アジアへの進出が始まっていました。今年に入ってからはタイやベトナムだけでなく、カンボジアにまで日本の小売業者のショッピングモールがオープンしています。
もっとも、東南アジアに進出している小売業は、日本の業者だけではありません。今後は、中国の業者も進出してくるかもしれません。また、地元資本の業者も力をつけてくるでしょう。
ただ、こうした東南アジアの国に進出するメリットは、これから人口が増えていくということです。これは、少子高齢化が進んでいる日本とは対照的です。さらに、人口が増えるだけではなく、経済成長に伴って購買力もついてくるのではないでしょうか。つまり、マーケットとして魅力的な存在であるといえます。このようなことを考えると、日本の小売業者も、より日本的なサービスを打ち出して、現地の消費者をつなぎとめる必要があります。

こうしたことからも、今後も日本的な「おもてなし」を、海外でも展開していくのではないでしょうか。

海外で人気となった日本のランドセル

 日本人も想像していなかった、日本特有のアイテムが突然現代において海外で人気を呼び、日本発の海外進出商品として新たな市場を生む・・という現象がしばしば見受けられます。

 海外で意外な人気となっている、日本製品のひとつが「ランドセル」です。

ランドセルは、おもに日本の小学生が、通学用のかばんとして使っているものです。一般的に、革や人工の革で作られており、6年間の通学に使えるように、頑丈で、背中に背負えるようになっています。

ランドセルは、もともとオランダから持ち込まれたといわれています。江戸時代末期に、江戸幕府によって、軍隊の西洋化が図られえうようになりました。その際、オランダの兵隊が背中に背負っていた背嚢が取り入れられ、それが明治時代になると、小学生用のランドセルになったといわれているのです。最初は、リュックサックのような形をしていたといわれていますが、しだいに今のようなランドセルの形に変わってきたようです。

 日本の小学生にとって、ランドセルはそれほど人気のあるものではありません。デザインもかつては、男子は黒、女子は赤というのが定番色で、当然のようにオシャレなどは度外視、機能性を重視したものが一般的でした。
ところが最近では、日本の少子化問題が影響し、ランドセルの買い手が少なくなっているというのが市場に影響し、競争力が高まったこともあり、差別化の一貫でピンクやチェック柄といったカラフルで、おしゃれなランドセルも多くなってきました。高級化も進んでいます。買い手をひきつけるために、デザインの面でも工夫が進んだのかもしれません。

 その様子が、日本のアニメ作品などを通じて、海外に広まったといわれています。そして最近ではしだいに、おしゃれの一部として海外でも使う人が増えてきたのです。とくに、アメリカやイギリス、ロシア、ヨーロッパの国々やアジアなど、多くの国で人気を集めるようになりました。一説にはハリウッド女優が使い始めたのがきっかけともいわれています。このため、日本に旅行に訪れる外国人観光客のうちにも、お土産にランドセルを買って帰るという人達が増えているようです。最近では羽田空港でもランドセルが売られようになりました。オランダから伝わったランドセルが、時を越えて、日本人の手によりオシャレなアイテムとして変化を遂げ、日本から海外へ輸出される日がきたのです。

かつて世界を席巻した日本の携帯技術、それでも海外進出がうまくいかないのは?

 日本でかつて時代を席巻したガラケーと着せ替えサービス。日本での流行りを受けアメリカへこのサービスを進出させようとしたある会社さんの当時のエピソードをお伺いすることができました。

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 私が勤務している会社は、携帯電話端末の画面を着せ替える技術について強みを持っていて、日本国内では大手キャリア3社とライセンス契約を交わし、安定的な収益を確保してきました。
 携帯電話というのは従来の携帯電話の端末のこと…いわゆるガラケーです。そしてこの着せ替え技術をアメリカでもライセンス販売できると考え、7年前にアメリカに子会社を設立し、取締役を1名派遣してビジネスに取り組みました。
 
ところが、アメリカ人の習慣として携帯電話の画面を着せ替えたいというようなニーズがないという現地携帯会社の見方が強く、私たちはすぐに壁にぶつかりました。当時は社長自らが何度も渡米し、アメリカの携帯電話会社の幹部に対し着せ替え機能を携帯電話に搭載すれば、新たな携帯電話の付加価値として魅力が生まれ、携帯電話そのものも販売台数が多くなるはずだと、先方の考えを変えようと何度も試みました。
しかし、入念にアメリカ側の話を聞いてみると、アメリカ人の携帯電話の使い方というのは、文字通り電話をするときだけに使用するのであって、インターネットを利用してホームページを見るようなことはしないとのことでした。だから、携帯電話の画面を着せ替えるような趣味は持たないと言われてしまったのです。


 そんなこんなで2年間、アメリカ国内で着せ替え技術の売り込みに尽力をつ付けましたが、とうとう相手にしてもらえず、そのうちiPhoneやスマートフォンが台頭してきたため、私の会社でもスマホ向けのソーシャルビジネスに経営資源を振り向け、現在はソーシャルゲームの開発に注力するに至っております。
 当時、私としては日本とアメリカでここまで携帯電話の使い方に違いがあると突きつけられた事は非常にカルチャーショックを受けました。同じ先進国であれば最新鋭のデジタル機器の用途やニーズは共通するものと思い込んでおりました。文化の違いでここまでニーズが変わるということをもしかしたら事前にもう少し分かっていれば、海外での展開の仕方も変わっていたかもしれません。とても良い勉強になりました。

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 スマートホンの台頭で、更にこういった垣根がなくなりつつある現代。振り返ってみると、確かに当時のガラケーはいわゆる日本だけのガラパゴスと言われるだけあって、日本特有のニーズに合わせた仕様で突き進んでいましたよね。結果、それ故に世界を席巻した日本の携帯技術もスマートフォンに取って代われていきました。やはり、日本で成功したビジネスも、現地海外のニーズに即したものか、そのまま持ち込んで果たして受け入れられるものかどうか、事前の調査は是非行うのが良さそうですね。

海外でのビジネス、価値観や感覚の違いが招くトラブルとは

 海外で不動産関連企業をしていた方からこんな「ヒヤッ・・」とする体験談を教えていただきました。まさに、日本人の価値観や感覚との違いから生まれるトラブル…にまつわるエピソードです。

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 かつて私は海外で、日本で生活経験のある知人と不動産開発のジョイントベンチャーを運営しておりました。土地を取得し分譲用の住宅を建てる過程で毎日現場の様子をチェックしに行く訳なのですが、内装工事が始まったある日、こんな出来事が起こりました。
 工事中の住宅の通路に工事用の大きなジェネレーターが置いてあって、そこを通る作業員にはちょっと邪魔だな・・ということがありました。1人で動かすには大きすぎるので近くで作業をしていた作業員に「ちょっと手伝って」と言って2人で一緒に20センチほど脇にジェネレーターを動かしました。これで皆通りやすく作業効率も上がるとホッとして見回りを続けていました。私たち日本人の感覚からしたら、作業員の為にその重機をどかしてあげよう・・そしてその為にちょっと一緒に手伝って・・なんてやり取りは、ごく自然のものであり、なんら違和感のないやり取りに感じます。
 ですが、しばらくすると現場がザワつきだしただならぬ雰囲気になっていることに気づきました…。慌てて行ってみると知人がその作業員が務める業者の棟梁と言い合っているではありませんか。聞けばその棟梁は自分の部下が契約にはない「ジェネレーターの移動をさせられた!!」と物凄い剣幕でクレームをしてきたとか。知人(弁護士)に事の経緯を話して棟梁と話をつけてもらいましたが、後から「日本と違ってね・・・」とお説教を喰らいました。小さな事業でもこんな具合ですからユニオン(組合)が関わっている仕事では誰がどのような雇用条件で働いているのか、しっかり頭に入れておかないと思わぬトラブルに見舞われます。
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 こういった文化の違い、価値観の違いによる思わぬトラブルは本当によく聞く体験談です。そして、皆さんこういった経験を通じて一様におっしゃるのが事前にもっと「・・・しておけば良かった」もっと「現地の文化や生活慣習を早く知るべきだった」と。もちろん、これから海外展開、海外進出をされる方からするとこういった違いを事細かく事前に把握することは困難であると言えます。また、事前準備が細かすぎることでビジネスチャンスを逃すことにも繋がりかねません。

 こういった知見はできるだけ、先人の方からお話が伺えると海外でこれからビジネスを展開される方にはヒントになるのではないかと思っております。

手に職をつける為渡仏した結果、現地日本人のニーズに出会い…

 フランスで日本人駐在員向けにケータリングをやらていた方からこんな体験談を伺う事ができましたのでご紹介させて下さい。

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 料理の専門学校で日本料理・フランス料理を学び、その後パリで約7年間滞在、フランス料理と菓子の修行をしました。
 いくつかの小さなレストランやパティスリーで二年ほど研修した後、自分の勉強したことを仕事に生かしたいと思い、ケータリングの仕事を始めました。
 パリには日本の企業から大勢の駐在員がやってきています。皆さん、好きでパリに来たわけではないので、どうしても本場のフランス料理になじめなかったり、日本料理を恋しがったり、食生活に悩みを抱えている人が多かったように思います。私はそんな方々のためにケータリング事業を始めたのです。
駐在員さんはみなさん会社を越えた付き合いもあって、みなさんよくパーティーをします。そこでお出しする料理、菓子を作るのが私の仕事です。メニューはフランス料理から日本料理、フランスにはない日本の洋食料理もお出ししました。なんせ、日本人が作って日本人が食べるわけですから舌に合わないはずはありません。

口コミで私のことが知られるようになり、週末はほとんどどなたかの家に行っては料理を作りました。そのうち、日本人駐在員の家に招かれ現地のフランス人の方々にも知られるところとなり、なんとフランス人家庭にもケータリングをしに行ったりもしました。
その後は、駐在員の奥様方からの要望もあり料理教室も開きました。平日のお昼は奥様方のお相手、週末はケータリング事業とかなり忙しく仕事をさせてもらいました。


包丁一本ではありませんが、腕に職があればいろんなチャンスがあるのだなと実感したフランス滞在でした。います。

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この方の場合、初めから日本での事業を海外進出させたり、日本からアイデアを海外で展開させた…という訳ではなく、手に職をつけ、結果その時置かれた環境から(ニーズがあったので)ビジネスにつながった・・という事例ですね。
海外にいる日本人ならではのニーズがそこにあったということでもありますね。

タイで2年間カレー店を経営された体験から

 タイのバンコクでカレー店を2年間経営されていた方からこんな体験談を伺う事ができましたのでご紹介させて下さい。

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 4年前にタイのバンコクでカレー店を開業しました。場所はバンコク中心部のオフィス街で、夜は歓楽街に姿を変える、バンコクでも有数の賑やかで活気のある場所です。高架鉄道の駅からも徒歩圏内の好立地でした。物件が古くて狭いのもあって、このロケーションでは破格の家賃で借りることができ、内装も日系業者だと高いので、ローカルの業者に頼むことで初期費用はかなり安くできました。


カウンター席だけの狭い店内でしたが、昼時には周辺のオフィスからのランチ客も多く、夜も現地の日本人や観光客などでそこそこ繁盛していました。当初は日本人向けの煮込みカレーなので、タイ人にはそれほどウケないかもと予想していましたが、親日で日本食大好きなタイの土地柄もあって、中流以上のタイ人にかなり好評を得ました。食材も現地で全て仕入れ、家賃も安く、人件費などの経費も少なく済んだので、100バーツ弱(日本円で300円弱)というカレーにしては破格の低価格で出せたのもよかったです。
フリーペーパーなどで小さく広告を出したくらいで、目立った宣伝活動はしなかったのもあって、開店当初は経営も苦しかったのですが、徐々に客足も伸びて経営自体は順調でした。
ただ開店から間もなく2年というところで、大家から近々建物が取り壊しになるとの通告を受け、2年の更新タイミングをもって店をたたむことになってしまいました。


 今振り返ってみて反省点としては、契約時に2年の更新満了後も営業を続ける旨の文言を一筆入れておくと良かったかなと思います。特に古い物件の場合は、タイは建物の取り壊しリスクはついてまわるので、契約時にそういった計画の有無などを家主に確認しておくのも大切です。
これから海外に出店をお考えの方にアドバイスができるとすれば(個人で飲食店を出店する場合は特にですが)、現地である程度生活をして、その国の文化や習慣を理解し、語学もある程度習得した上で、出店した方がいいと思います。実際に生活してみないとその国の実情は理解できませんし、ローカル事情に無知なまま出店するのはリスクが高いと思います。

世界で10億本以上も売れている日本発・消せるボールペン

近年のグローバル化とともに日本からも様々な製品やサービスが海外進出しており、中には世界最高品質という評価を得ているプロダクトも多く存在します。その一つが「文房具」。

 私たちが日々何気なく使っている日本製の文房具は、使いやすさやデザインに対する細部へのこだわり、製品の種類の豊富さなどで世界に類を見ないほど洗練されており、海外でも高い人気を得ていることをご存知でしょうか。

日本では大手からベンチャーまで様々な文房具メーカーが、便利さ、使いやすさを追求した製品開発に日々取り組んでおり、次々と新しい製品がリリースされています。矢野経済研究所による「文具・事務用品市場に関する調査結果 2015」によれば、2014年度の国内文具・事務用品市場は4,662億円もの規模だったということです(※1)。

線が太くならずに快適な書き味を保ち続けるシャープペンシル、軽い力でたくさんの紙をとじられるホッチキスなど、日本製の文房具には単に「書けるだけ」「使えるだけ」に留まらない創意工夫が溢れています。開発者の使う人に対する並々ならぬ配慮が高い付加価値を生み出し、世界の人々の心をも惹きつけているのですね。

近年、海外進出を果たし、現地マーケットからも評価を得ている文房具で、温度変化によってインクを消すことができる、株式会社パイロットコーポレーションの「フリクション」シリーズがあります。いわゆる「消せるボールペン」ですね。登場した時には、その斬新さに目から鱗だった方も多いのではないでしょうか?こちらは2006年に日本国内に先駆けてヨーロッパで発売を開始し、大ヒットとなりました。以来、日本でも発売を開始、販売数を伸ばし続け、2014年3月末時点で世界での累計販売本数はなんと10億本を突破しているということです(※2)。

高機能という面だけでなく、環境への配慮がなされた製品が揃っていることも、日本の文房具市場の誇るべき特徴でしょう。何度もリフィルを詰め替えて快適に使い続けることができる筆記具はもはや当たり前のものとなっていますし、針を使わずにとじることのできるホッチキスのようなアイデア製品も数多く店頭に並んでいます。文房具・事務用品の大手メーカー、キングジムのペーパーレスでメモをとることができる電子メモパッド「ブギーボード」など、各社が文房具とデジタル技術をうまく融合させた新たなツールの開発にも力を入れていて、従来の文房具という概念を超えるようなイノベーティブな製品が次々に登場しています。

日々進化を続ける日本の文房具の世界。IT技術の進歩と普及が進み、デジタル全盛とも言われる時代に、私たちの国がなお世界中の人々に支持される製品を生み出し続けることができているという喜ばしい事実は、日本人の「使う人を想い、利便性や快適さをどこまでも追及する」という他者への配慮や想像力、実直な開発者魂を物語っているようで、誇らしい気持ちにさせてくれます。

高品質な日本製の文房具が世界に広まっていくということは、世界全体の人々の暮らしがより便利に・豊かに・快適になっていくことを意味します。そのことに思いを馳せると、1本のペンで快適に文字が書けるという当たり前のことでさえ、とても特別な体験のように感じられます。

 ちなみに、なぜこのフリクションインキは国内に先行してヨーロッパで発売をしたのでしょうか?国内よりも先に海外進出を果たしたことになります。これは当時パイロットコーポレーション・オブ・ヨーロッパS.A.(フランス)の社長兼CEOを務めたマルセル・ランジャールによる成果だそうで、彼は「ヨーロッパの筆記具市場に最も精通している人物」として、その手腕がきわめて高く評価されていた方だそうです。彼の一流のセールス&海外マーケティングの成果と日本の技術が融合しこのようなイリュージョンを実現させたわけですね。

<データの出所>

※1:株式会社矢野経済研究所「プレスリリース 文具・事務用品市場に関する調査結果 2015」(https://www.yano.co.jp/press/press.php/001485)より
※2:フリクション公式サイト「開発の歴史 こすると消える「フリクション」の物語。」(http://www.frixion.jp/story/)より
※小学館「BOOK People」書いた!こすった!消えた! 世界で10億本を売った「消せるボールペン」開発物語(http://bp.shogakukan.co.jp/takita/pilot_010.html)より

海外進出に挑戦し国内外で人気再熱した南部鉄器

最近、日本でも人気が再熱し、しいては海外でも注目を集めている製品のひとつに「南部鉄器」があります。

 南部鉄器は東北地方の岩手県の伝統工芸品です。昭和50年に国の伝統的工芸品の第1号として指定されました岩手の南部鉄器。17世紀中頃、南部藩主が京都から盛岡に釜師を招き、茶の湯釜をつくらせたのが始まりといわれます。現代では日本の生活スタイルが変わるにつれて、家庭で南部鉄器が使われることは少なくなっておりました。また大量生産で作られた安価な急須にとってかわられ、南部鉄器の生産は衰退していった時代もあります。

 南部鉄器の一番の特長は、非常に丈夫で長持ちだということ。丁寧に使えば100年は使えるといわれているほど、耐久性が高く、一番人気の急須でいうと、厚みがあるため温度の低下がゆるやかなので、温かなお茶をゆっくり楽しむことができます。最近では鍋やプライパンなど様々な製品が作られていますが、南部鉄器の表面には小さなでこぼこがあり、使えば使うほど油がしみこんで金属石齢という被膜を作るため、焦げつきなどを防ぎ料理がおいしくできあがるのでその用途も多岐に渡ります。

 また南部鉄器というと黒い鉄の重厚かつ古風なイメージもありますが、最近ではカラフルでとてもおしゃれなデザインのものが増えました。Instagramなどでもオシャレな方々が美しい料理のお供として南部鉄器を飾り、そのフォトジュニックな様相から人気も再熱しているように思います。

 そんな南部鉄器、今では海外でも人気を博し注目されるようにもなっています。南部鉄器の人気に火がついたのは、フランスでした。南部鉄器の老舗「岩鋳」さんが、1996年パリにある紅茶専門店から、カラフルな急須を作ってほしいとの依頼を受け、海外進出を決断。体内への摂取を考え安全な着色料を使うことを徹底して研究し、3年の年月を経て色とりどりの素晴らしい急須を完成させました。パリで店頭に出されるやいなや、爆発的な大人気となりヨーロッパはもちろん、アメリカや中国など世界中で愛される製品となったそうです。

 以下のNECさんが運営されるwisdomに「岩鋳」さんのインタビュー記事が掲載されていますが、この記事の中で岩鋳さんは「海外に出ていなかったら今の岩鋳はない」とおっしゃれています。

・南部鉄器の伝統を守りながらカラフルな急須を開発し、海外進出を加速

https://www.blwisdom.com/lifeculture/interview/innovators/item/9580/9580.html?start=1

伝統を守りながらも海外進出という挑戦を続けた事で今の新たな再熱がある。とても素晴らしい事例ですね。

船舶用プロペラのトップシェアを誇っている企業_ナカシマプロペラさん

日本の頑張っている企業を紹介します。

 岡山県岡山市に本社を置く船舶用推進機器メーカー「ナカシマプロペラ株式会社」さんは日本で船舶用プロペラのトップシェアを誇っている企業です。


 小さなものは直径20センチから、大きなものではなんと12mのプロペラまで製造する事ができます。
その様な大きなプロペラを作る事ができるのは世界的にみてもナカシマプロペラだけであり、海外進出も果たしていますが、世界でも船舶用プロペラトップシェアの会社であると断言できます。

元々は漁船用のプロペラを製造していたという事ですが、現在では漁船用プロペラはもちろん、
競艇用のボートやレジャー施設で使われるようなボート、自衛隊向けの潜水艦用プロペラまでも製造する事ができます。

プロペラの出来を左右する磨きの工程では、機械ではなく手作業でプロペラの凹みやゆがみなどを職人さんが丁寧にチェックして磨き上げて行きます。
機械での仕上げを行えば時間短縮、経費の削減にもなるかと思いますが職人さんの目と手で完璧に磨き上げることで製品の仕上がりは全く違ったものになります。
プロペラが回転した時に余計な泡が発生しなくなることから耐久性も高まるので、長く1つのプロペラを使って頂く事が出来ます。

 

ナカシマプロペラのプロペラは「一品受注生産」である為に模型などを使って製造するわけではありません。
高度な職人のスキルと最先端のデジタルテクノロジーの融合で完璧な製品を日々作り上げています。
デジタル技術がどんなに進んでも、製品を生産する上で職人のスキルは必要不可欠なものであり、
ナカシマプロペラの宝の1つはそういった職人そのものであるといえます。

 私はドラマ「下町ロケット」が大好きです。好視聴率・好評価でしたのでご存知の方も多いでしょう、下町ロケットとはその名の通り下町の無名な製造会社がその技術と情熱を持って世界に誇る日本のロケットビジネス、しいては最先端の医療ビジネスに挑んでいくという物語です。元々大手の重機製造業者に勤めていたロケット部品の技術者が実家を継いで再建をはかるのですが、最初は「とことん技術を突き詰める」「最先端ロボットにだけ頼るのではなく人の手..職人の技術を守る」という姿勢から経営が圧迫され現場とも衝突が絶えません。ですが、元々技術者としては一流であった社長のそのこだわりと、最後は情熱が大手や大きなビジネスを吸い寄せて、夢を叶えて世界と勝負をしていくという何とも夢があり壮大であり、でも人情味溢れ共感・応援せずにはいられないその世界観に引込まれる..そんな作品です。

 ナカシマプロペラさんの企業理念などを拝見していると、ふと下町ロケットを思い出してしまいました。通ずる世界観がありそうです。

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ナカシマプロペラ株式会社:http://www.nakashima.co.jp/index.html
・画像等ネットからお借りしております

インドで高いシェアを誇るスズキ自動車、その勝因は?

海外進出で成功している日本製品の代表例が、自動車です。

とくに知られているのが、トヨタ・日産・ホンダなどの自動車だと思います。これらのメーカーは、日本国内でもおきなシェアを誇る大企業でもあります。

しかしながら、人口11億人を誇る南アジアの大国インドでは、軽自動車やオートバイの生産で知られる「スズキ」が自動車販売シェアNo.1となっております。

トヨタやホンダが5%前後に対し、スズキのインドにおける自動車シェアはなんと2015年には半数近い47%もの数字を誇っております。まさに一人勝ち状態です。

スズキは、普通自動車や大型自動車の車種がそれほど多くなく、故に日本国内での自動車にしめるシェアもそれほど高くありません。

しかし、軽自動車では、ユニークな車種を数多く発表してた結果、近距離の買い物などに使う主婦層の間では人気があります。

では、そんなスズキがなぜインドではシェアNo1を誇っているのでしょうか?

 そもそも、スズキは海外における自動車事業は後発参入でした。スズキがインドへの海外進出を果たした1980年代当初は、アメリカやヨーロッパなどではホンダやトヨタが既に成功を果たしており、当時は既にそれらの地域への後発参入の余地が無かったと思われます。しかし巨大な人口を保有しつつもまだまだ自動車文化が浸透していないインドなら市場拡大の余地がありました。まさに参入のタイミングが絶好であった。これが理由の一つです。

どのマーケットに焦点を当てるか、海外マーケティングの読みが当たったとも言えるでしょう。

 もう一つは、インドではまさにスズキが得意とする、この小型軽量自動車がウケるマーケットであったということです。北米や欧米では大型車が人気であるのに対し、インドでは逆に軽自動車が人気を博しました。都市部の過密化や駐車スペースの減少、そもそも自動車保有の文化が希少であったこと、また日本同様にインドでは小型車は税制優遇が受けられる…などといった背景があったかと思います。

またスズキの自動車は、他のメーカーと比べても価格が低く手に入りやすいというのも特徴です。初めて自動車を運転する人にとって扱い易い軽自動車は性能面においてもインドの消費者の方から受け入れられたのだと思います。

 スズキはほかの東南アジアの国々にも、積極的に進出しています。とくに力を入れているのがインドネシアやマレーシアなどです。インドネシアは人口も2億人と多く、これから自動車の利用者が増えていくことが予想されます。どちからというと、日本の大手メーカーがそれほど力を入れていなかった市場でもあります。それは、これまで自動車の利用者が、それほど多くなかったためです。ただ、スズキは日本国内でも、それほど大きなメーカーではありません。それでも、目の付け所がよかったことで、これから成長が見込まれる海外市場で、高いシェアを獲得できそうです。

 日本では市場シェアが決して高くなく、またアメリカやヨーロッパ地域では既に後発であったにも関わらず、マーケットを変えるだけでニーズも大きく代わり成功を収めた素晴らしい事例ですね。